信長の野望創造戦国立志伝 織田信長プレイ03 美濃攻略下準備
1552年6月

戦国伝・桶狭間の戦いが終了し、一挙に状況が変わったので整理します。
まず、鳴海城を攻めて、桶狭間の戦いを誘発したわけですが、城が落ちたわけではありません。
三河の松平元康が独立して同盟国になりましたが、尾張国内で鳴海城と沓掛城が今川家所属のままで残っています。
このまま放置しておくと、同盟国の松平家が攻め取ってしまう可能性があります。
そうなると同盟を破棄しない限り奪い取ることが出来ないので厄介です。
出来るだけ早くニ城を落としてしまいたいところ。

外交的には東の三河を支配する松平家が今川家より独立して、同盟国になっています。
ということで、ひとまずは安心。
西の伊勢は分裂状態なので、とりあえず攻めてくる心配は無し。
ですが、謀反で斎藤道三が死に、息子が跡を継いだ斎藤家とは敵対関係に。
美濃を支配する強敵です。

兵数はおよそ1万9000。
今の織田家が1万ほどしか兵がいないので、倍の兵力を持っています。
しかも謀反イベントの影響で外交関係が「敵視」になっており、いつ攻めてきてもおかしくない状況です。
とにかく今は、鳴海城・沓掛城の攻略を急ぎたいところ。
それまで斎藤家が攻めてこないことを祈るばかりであります。

などとビビっていたら、斎藤家は何故か全く関係ない伊勢の本願寺が守る長島城を攻撃。
これはラッキーだ。
1552年7月

織田信長公。
何を思ったか美濃攻略を宣言。
未だ尾張の統一すら出来ていないのですけども(汗)
ともかく戦国伝「美濃攻略」がスタートです。
達成条件は三つ。
(1)敵の本拠地・稲葉山城の攻略
(2)浅井家の信用を100にする。
(3)松平家の信用を100にする。
というもの。

美濃攻略だから、その本拠地である稲葉山城攻略は当然としても、浅井家と松平家の信用100がこの時期は結構キツい。
というのも、信用を上げるための外交コマンド「工作」には毎月600の金がかかってしまうからです。
松平家と浅井家を同時に上げるとなると金1200が必要。
画像は信長自らが浅井家への工作を実行していますが、信用は毎月13上昇です。
結果8ヶ月程度で100に届くはずですが、この間ずっと金600が支出されるので、金5000ほどもかかってしまう計算になります。
ただし、期間には5年ほどの猶予があるので、浅井家と松平家を同時に工作する必要はなく、一つずつ100にしていけばいいでしょう。

なお、攻略のコツとしては、同時に武田家とも同盟を結んでおきたい。
武田家の領地は美濃に接しているので、こちらが美濃攻略を開始して斎藤家が弱ると、漁夫の利を得んとばかりに美濃に攻めてくる可能性が高いからです。
イベントで友好度が上がりやすくなっている松平家と浅井家と違い、武田家はこちらを敵視しているので信用が少ししか上がりません。
まずは武田家から信用を上げにいくといいでしょう。
1552年8月

戦国伝「墨俣一夜城」がスタート。
う~む、未だ尾張統一が出来てないので、それどころではないのですけども・・・。
1552年9月

今川家所属だった鳴海城と沓掛城を攻略。
これで本当に尾張統一が達成です。
残存兵力とは言え、結構兵を減らされたたため、織田家の総兵力は1万を割り込むことに・・・。
信長の野望創造戦国立志伝では、兵の雇用は出来ず、自然回復を待つしか無いので、しばらくは内政に勤しみながら兵を整えるしかありませんねぇ。

攻略した沓掛城で念願の資源・森を発見。
しかも既に製材所が建設済みでした。
尾張を統一したというのに、これが初の森でして、もちろん初の製材所です。
どんだけ森無いねん!!
戦国時代の尾張は、自然破壊が進んでいるようで(汗)
1552年11月

現在、兵力回復と内政に勤しみながら、外交で浅井・松平・武田の信用を上げているのですが、なんと武田家が美濃攻略を開始してしまいました(汗)
まあ、稲葉山城だけ残っていれば、戦国伝「美濃攻略」は達成出来るんですけどね。
最悪、武田家が稲葉山城を奪ってしまった場合、戦国伝達成のためには、武田家を相手に戦う必要が出てきます。
武田家は武将が優秀なので、かなり厳しい戦いになるため、出来れば避けたいところ。
1553年1月

現時点での収支。
金の収入が3500なのに、支出は3500を超えています。
そのうち1200は武田家と浅井家に行っている外交工作の資金。
序盤でこの1200がいかに厳しいか分かっていただけるかと思います。
1553年2月

平手政秀の切腹イベントが発生。
まっ、分かってはいましたけどね。
尾張を統一した英雄に、なんの不満があるのやら・・・。
1553年3月

前田利家が家来に加入。
多士済々の織田家では多少見劣りしますが、十分に高い総合力を誇る武将です。
1553年4月

ようやく、進出・建設が一段。
道の整備も一通り終わりました。
ここまで封印していた投資にも労力を回していきます。
まだまだ資金が不足しているので、まずは商人町を中心に投資する予定です。
1553年5月

相変わらず、武田家の美濃攻略が続いています。
既に岩村城は落ち、苗木城も落ちそうですねぇ。
稲葉山城攻略が間に合えばいいのですけども・・・。
1553年6月

ようやく浅井家の信用が100に到達し、市の輿入れイベントが発生。
続いて、松平家への工作を開始します。
1553年7月

投資に内政をシフトしながら、陣所の作成も進めています。
陣所は戦争で防御力が高まるというメリットもあるのですが、なにより城の人口増加に寄与するので重要な施設です。
ただ、木材も結構使うので、相変わらず木材不足。
製材所を手に入れたので、木材の収入もあるのですが、在庫を見ながらボチボチ作成しております。
1553年8月

武田家の美濃攻略が進み、ついに稲葉山城に面する鳥峰城も落城。
ただし、これで満足したようで、兵を引き上げていったので、とりあえず戦国伝「美濃攻略」の達成はまだ可能ではあります。
1554年1月

斎藤家にて、竹中半兵衛の謀反イベントが発生。
特に大きな動きはないのですけども、竹中半兵衛が斎藤家から居なくなるのは、これから戦う予定の織田家ととしてはラッキーです。
1554年2月

松平家の信用も100に到達し、織田信長・松平元康会見イベントが発生。

更に武田家との同盟を結びました。
こちらはイベントにも、戦国伝にも関係なしですが、戦術上必要な措置です。
既に美濃の東に侵略してきている武田家と、これで戦うことが避けられます。
結べたのは6ヶ月の同盟ですが、一度同盟を結ぶと、信用の伸びにブーストがかかるので、工作がはかどるようになり、結果として永続的に同盟を維持できます。
お金が続く限りですけども。

戦国伝・桶狭間の戦いが終了し、一挙に状況が変わったので整理します。
まず、鳴海城を攻めて、桶狭間の戦いを誘発したわけですが、城が落ちたわけではありません。
三河の松平元康が独立して同盟国になりましたが、尾張国内で鳴海城と沓掛城が今川家所属のままで残っています。
このまま放置しておくと、同盟国の松平家が攻め取ってしまう可能性があります。
そうなると同盟を破棄しない限り奪い取ることが出来ないので厄介です。
出来るだけ早くニ城を落としてしまいたいところ。

外交的には東の三河を支配する松平家が今川家より独立して、同盟国になっています。
ということで、ひとまずは安心。
西の伊勢は分裂状態なので、とりあえず攻めてくる心配は無し。
ですが、謀反で斎藤道三が死に、息子が跡を継いだ斎藤家とは敵対関係に。
美濃を支配する強敵です。

兵数はおよそ1万9000。
今の織田家が1万ほどしか兵がいないので、倍の兵力を持っています。
しかも謀反イベントの影響で外交関係が「敵視」になっており、いつ攻めてきてもおかしくない状況です。
とにかく今は、鳴海城・沓掛城の攻略を急ぎたいところ。
それまで斎藤家が攻めてこないことを祈るばかりであります。

などとビビっていたら、斎藤家は何故か全く関係ない伊勢の本願寺が守る長島城を攻撃。
これはラッキーだ。
1552年7月

織田信長公。
何を思ったか美濃攻略を宣言。
未だ尾張の統一すら出来ていないのですけども(汗)
ともかく戦国伝「美濃攻略」がスタートです。
達成条件は三つ。
(1)敵の本拠地・稲葉山城の攻略
(2)浅井家の信用を100にする。
(3)松平家の信用を100にする。
というもの。

美濃攻略だから、その本拠地である稲葉山城攻略は当然としても、浅井家と松平家の信用100がこの時期は結構キツい。
というのも、信用を上げるための外交コマンド「工作」には毎月600の金がかかってしまうからです。
松平家と浅井家を同時に上げるとなると金1200が必要。
画像は信長自らが浅井家への工作を実行していますが、信用は毎月13上昇です。
結果8ヶ月程度で100に届くはずですが、この間ずっと金600が支出されるので、金5000ほどもかかってしまう計算になります。
ただし、期間には5年ほどの猶予があるので、浅井家と松平家を同時に工作する必要はなく、一つずつ100にしていけばいいでしょう。

なお、攻略のコツとしては、同時に武田家とも同盟を結んでおきたい。
武田家の領地は美濃に接しているので、こちらが美濃攻略を開始して斎藤家が弱ると、漁夫の利を得んとばかりに美濃に攻めてくる可能性が高いからです。
イベントで友好度が上がりやすくなっている松平家と浅井家と違い、武田家はこちらを敵視しているので信用が少ししか上がりません。
まずは武田家から信用を上げにいくといいでしょう。
1552年8月

戦国伝「墨俣一夜城」がスタート。
う~む、未だ尾張統一が出来てないので、それどころではないのですけども・・・。
1552年9月

今川家所属だった鳴海城と沓掛城を攻略。
これで本当に尾張統一が達成です。
残存兵力とは言え、結構兵を減らされたたため、織田家の総兵力は1万を割り込むことに・・・。
信長の野望創造戦国立志伝では、兵の雇用は出来ず、自然回復を待つしか無いので、しばらくは内政に勤しみながら兵を整えるしかありませんねぇ。

攻略した沓掛城で念願の資源・森を発見。
しかも既に製材所が建設済みでした。
尾張を統一したというのに、これが初の森でして、もちろん初の製材所です。
どんだけ森無いねん!!
戦国時代の尾張は、自然破壊が進んでいるようで(汗)
1552年11月

現在、兵力回復と内政に勤しみながら、外交で浅井・松平・武田の信用を上げているのですが、なんと武田家が美濃攻略を開始してしまいました(汗)
まあ、稲葉山城だけ残っていれば、戦国伝「美濃攻略」は達成出来るんですけどね。
最悪、武田家が稲葉山城を奪ってしまった場合、戦国伝達成のためには、武田家を相手に戦う必要が出てきます。
武田家は武将が優秀なので、かなり厳しい戦いになるため、出来れば避けたいところ。
1553年1月

現時点での収支。
金の収入が3500なのに、支出は3500を超えています。
そのうち1200は武田家と浅井家に行っている外交工作の資金。
序盤でこの1200がいかに厳しいか分かっていただけるかと思います。
1553年2月

平手政秀の切腹イベントが発生。
まっ、分かってはいましたけどね。
尾張を統一した英雄に、なんの不満があるのやら・・・。
1553年3月

前田利家が家来に加入。
多士済々の織田家では多少見劣りしますが、十分に高い総合力を誇る武将です。
1553年4月

ようやく、進出・建設が一段。
道の整備も一通り終わりました。
ここまで封印していた投資にも労力を回していきます。
まだまだ資金が不足しているので、まずは商人町を中心に投資する予定です。
1553年5月

相変わらず、武田家の美濃攻略が続いています。
既に岩村城は落ち、苗木城も落ちそうですねぇ。
稲葉山城攻略が間に合えばいいのですけども・・・。
1553年6月

ようやく浅井家の信用が100に到達し、市の輿入れイベントが発生。
続いて、松平家への工作を開始します。
1553年7月

投資に内政をシフトしながら、陣所の作成も進めています。
陣所は戦争で防御力が高まるというメリットもあるのですが、なにより城の人口増加に寄与するので重要な施設です。
ただ、木材も結構使うので、相変わらず木材不足。
製材所を手に入れたので、木材の収入もあるのですが、在庫を見ながらボチボチ作成しております。
1553年8月

武田家の美濃攻略が進み、ついに稲葉山城に面する鳥峰城も落城。
ただし、これで満足したようで、兵を引き上げていったので、とりあえず戦国伝「美濃攻略」の達成はまだ可能ではあります。
1554年1月

斎藤家にて、竹中半兵衛の謀反イベントが発生。
特に大きな動きはないのですけども、竹中半兵衛が斎藤家から居なくなるのは、これから戦う予定の織田家ととしてはラッキーです。
1554年2月

松平家の信用も100に到達し、織田信長・松平元康会見イベントが発生。

更に武田家との同盟を結びました。
こちらはイベントにも、戦国伝にも関係なしですが、戦術上必要な措置です。
既に美濃の東に侵略してきている武田家と、これで戦うことが避けられます。
結べたのは6ヶ月の同盟ですが、一度同盟を結ぶと、信用の伸びにブーストがかかるので、工作がはかどるようになり、結果として永続的に同盟を維持できます。
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テーマ : 信長の野望創造戦国立志伝
ジャンル : ゲーム